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松山市の伝統・古くを求めて


■松山まつり■
毎年、8月11日から13日までの3日間行われ、野球拳おどりや野球サンバの連(踊りのグループのこと)とチームが街を練り歩きます。
中でも見所の野球拳。その由来は一体なんなのでしょうか??

1924年10月、伊予鉄道電気(後の伊予鉄道、以後伊予鉄と表記)野球部が高松市で高商クラブとの野球の試合を行ないましたが、0-6で敗れました。この試合後、旅館で行われた対戦相手との夜の懇親会における宴会芸で、昼の敵を取るべく披露した演技が野球拳の始まりとなりました。当時伊予鉄野球部のマネージャーをしていた川柳作家の前田伍健(1889年 - 1960年)が、元禄花見踊りの曲をアレンジし即興で作詞・振付けをしました。なおこの時はじゃんけんではなく宴会芸由来であったことから狐拳であったと言われています。(1947年の伊予鉄忘年会でじゃんけんに改められた)。
昼の負けはともかく夜の勝負に勝った一行は揚々とこの踊りを松山に持ち帰り、松山の料亭での「残念会」(あくまでも、野球の試合では負けていた)の場で披露しました。以後、宴会芸の定番となり、伊予鉄野球部が遠征する度に野球拳が披露されており、普及の一助となっています。
その後、松山まつりでも取り入れられ、1970年から各団体の連(踊りのグループ)が街を練り歩くようになりました。
1989年からはサンバ調の野球サンバも加わるようになり、今の松山まつりがあるのです。

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