松山市の伝統・古くを求めて
ガチャン、ガチャン、トン、トン――。手織りの機織り機「高機(たかばた)」が、規則正しいリズムを刻む。松山市久万の台の民芸伊予かすり会館。1000本以上ある経糸(たていと)の間に、緯糸(よこいと)を「杼(ひ)」と呼ばれる道具で通し、くし状の筬(おさ)で打ち込んでいく。
「ちょっとでも柄が崩れると、数週間かけて作ってきた反物が全部ぱあ。目を離せません」。厳しいまなざしが手元に向かう。根気と集中力が求められる作業。織機の前では、おのずと凛(りん)とした姿勢になる。
久留米(福岡)、備後(広島)と並ぶ日本三大絣(かすり)の一つ。約200年前に創始した鍵谷カナの出身地、松山市今出地区(現・西垣生町)で足踏み機で絣を織っていた母親を、小学生時代から手伝い始めた。父とは8歳で死別。夜遅くまで母の傍らで働きながら仕事を覚え、15歳で地元の絣工場に就職した。
それから半世紀以上。2000年には伝統工芸士に認定された。「織り出したら夢中。しんどいと思ったことはない」と言い切る。
柔らかくて通気性に優れ、丈夫な伊予絣の反物
製造工程は約20にわかれる。まず「井げた」や「十字」などの柄や大きさを決める。経糸、緯糸の本数や長さを整えて約100本を束にし、白く残したい部分をひもでくくってから天然藍(あい)で染める。こうして紺と白に染め分けた「絣糸」を、高機で織り上げていくのだ。
木綿の柔らかな肌触りと通気性に加え、藍で染めることで虫を防ぎ、生地も丈夫になるため、普段着や作業着として広く普及した。しかし戦後、生活の洋風化に伴い需要が減少。「今出に25軒あった工場も昭和50年代には全部無くなった。町じゅうから絶え間なく聞こえていた機音がなくなりさみしいですね」と惜しむ。
今では、かつての絣工場の建物を活用して1973年にオープンしたこの会館が、伝統作業を受け継ぐ唯一の場所となった。自身も含め4人の女性の織手と、男性の染色職人1人。身につけているのはもちろん、絣の着物。「着るごとに風合いが良くなり、何十年も着られます。他の物は着られなくて」
今、楽しみなのは、地元の市立垣生小学校で発足した「かすりクラブ」での指導。月に1、2回出向いて5、6年生に高機や足踏み機の扱い方を教えている。「体が続く限り織り続けたい。そして、やがてこの子たちの中から、伝統を受け継ぐ人が出てきてくれれば」と願っている。(藤戸健志)
買うなら 反物(幅38センチ、長さ13メートル)は20万~30万円と高価だが、様々な小物もあり、敷物は1050円から、きんちゃくは630円、財布530円など。有料で天然藍染めを体験できるコーナーではハンカチ(1000円)、半袖Tシャツ(6500円)、手ぬぐい(2000円)などの染色を約1時間で体験できる。
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